Column コラム

【PR解体"信書" to ワタナベ】
Vol.5「1年生を卒業する」

2011.03.31

今日をもってワタナベが1年間の修行期間を終えることになるなあ。1年間やってみてどうだった?

「私はテレビが大好きで、マスコミを通じてプロモーションというか、何か仕掛けを考えるそういう仕事をしたくて、広告とかPRを目指してインテグレートに入社しました。」

そうだったな。実際に1年PRの仕事やってみてどうだった。

「正直、仕事を覚えるので精一杯でした。担当する案件毎に、経験することがたくさんあって、いい意味で、いろんな場面や仕事を見せてもらったと思っています。」

よかったことは?

「とにかくいろんな人と関われたこと、これに尽きます!クライアントやメディアを始め、オピニオンの先生や取材先の店舗など、様々な業界の方と一緒にお仕事をしました。」
「商品がメディアを通して生活者のもとに届くまで、こんなに沢山の人達が関わっているんだ...」これを実感できたのはPRマンの特権だと思ってます。いろんな人の立場や考えを理解するトレーニングにもなったので、人間としても大きく成長できました。」

きつかったことは?

「生活者目線を忘れてしまいがちなことです。どうしたら生活者に面白い、買ってみようと思ってもらえるか日々考えているけど、クライアントを前にすると、商品を出すこと・露出を決めることが先行してしまい、生活者の立場に立てなくなることがあります。クライアント、メディア、生活者、みんなに利益が生まれるような仕掛けを作るには、まだまだ経験不足な部分があり、悔しいです。」

「もうひとつは、まだまだPRが下に見られてることです。おせっかい屋、ただのパシリ、あんた達は何者なんだ。こんなことを言われ続け、自分でもPRマンって結局何なの?と思う場面が沢山ありました。正直今もその疑問は完全には晴れていません。でも、実際にメディアを通じて商品が売れたりするのを見ると、クライアント・メディア・生活者をつなぐためにやっぱり必要な存在なんだと思います。PRがもっと日本に浸透し、必要とされる職種になればいいと思ってます。」

PRに限らず、いま、どんなこと感じている?

「私は元々、テレビが好きで、すごいテレビっ子だったんです。でも、この1年仕事でも、仕事以外でも、マスコミの不調というか停滞というか。一方で、ソーシャル・メディアがすごく話題になっていて、対照的ですよね。実際に、業務でテレビの取材現場に触れて、やっぱり、首をかしげるところも多々ありました。でも今回の震災を通して、改めてテレビの偉大さ、ソーシャルとの連携による相乗効果を実感しました。両メディアをうまく使いこなせれば、まだまだ生活者に伝わる可能性の幅は広がるなと感じました。」

ワタナベへ
正直な意見ありがとう。
まず「PRマンって結局何なの?」「PRは下に見られてる」という話について。
「僕もそういう時があった」「最初はそんなもんだ」とは僕は言わない。もちろん、どんな仕事にでも、下積みや下働きはある、その点では、1年生なんだから苦労もする。
ただ、ワタナベが感じたPRの問題は、たぶんそれとは違うと、僕は思っている。
この解体信書の最初の回、「PRの木」の話を憶えているか?

ワタナベ、いま毎日、リスト整備して、リリース書いて、テレビ局、新聞社に情報持ち込んでいるだろ。
「何よこの単純作業」「アポ取りの電話がつらいなあ」とか思ってないか。これからはクライアントにも叱られるし、メディアにもどやされたりもするぞ。でもな、そのうち、幹がしっかりしてきて、根っこが張れるようになるからね。5年目の先輩を見てみろ、幹の仕事にチャレンジしてるはずだよ、10年目先輩と話をしてごらん、幹から根っこの話をしてくれるはずだから。
ワタナベ、大事なことは、大きな木の中で、目の前の自分の仕事にしっかり取り組むことだよ。(「PRの木」の話)
もう一昨年になるだろうか米国のソーシャル・メディアの専門家が来日した時にセミナーで「広告の人はメディアを買う」「PRの人はメディアを拝む」と言って笑ってたが、実際、笑えない話だと僕は思った。メディアにお伺いを立てる。メディアを崇めるのが僕らの仕事ではない。少なくともインテグレートの仕事ではない。
PRは手法使うものであって、使われてはいけない。
ワタナベ、根っこと幹をしっかりつくれ!

一方でマスメディアの不調、ソーシャル・メディアが話題という話について。
ワタナベもわかっている通り、僕個人は紋切り型のマスメディア批判をするつもりはない。
一冊本を紹介するよ。最近読んだメディア論の中では、かなり刺激になった「街場のメディア論」(内田樹 光文社信書)という本。テレビを中心にいまの日本のメディアをぼろかすに書いている。但し、本質を鋭く突いていると僕は思った。その中で、いまのメディアの不調について、こんな行(くだり)がある...

「メディアが急速に力を失っている理由は、決して巷間伝えられているように、インターネットにとって代わられたからだけではないと僕は思います。そうではなくて、固有名と、血の通った身体を持った個人の『どうしても言いたいこと』ではなく、『誰でもいいそうなこと』だけを選択的に語っているうちに、そのようなものなら存在しなくたって誰も困らないという平明な事実に人々が気づいてしまった。そういうことではないかと思うのです。」
『誰でも言いそうなこと』と『自分しか言わないこと』、これは僕らの仕事にも通じる大事な話だと思う。僕はテレビは滅びないと思っている、ワタナベの言うとおり今回の地震のような状況下でNHK(他民放も)の果たした役割は、代替えがあるとは思えない。それほど重要な機能だと思っている。
これからのメディア間の連鎖や連携の可能性についてはまたゆっくり話そう。