今日をもってワタナベが1年間の修行期間を終えることになるなあ。1年間やってみてどうだった。
「私はテレビが大好きで、マスコミを通じてプロモーションというか、何か仕掛けを考えるそういう仕事をしたくて、広告とかPRを目指してインテグレートに入社しました。」
そうだったな。実際に1年PRの仕事やってみてどうだった。
「正直、仕事を覚えるので精一杯でした。担当する案件毎に、経験することがたくさんあって、いい意味で、いろんな場面や仕事を見せてもらったと思っています。」
よかったことは?
「とにかくいろんな人と関われたこと、これに尽きます!クライアントやメディアを始め、オピニオンの先生や取材先の店舗など、様々な業界の方と一緒にお仕事をしました。」
「商品がメディアを通して生活者のもとに届くまで、こんなに沢山の人達が関わっているんだ...」これを実感できたのはPRマンの特権だと思ってます。いろんな人の立場や考えを理解するトレーニングにもなったので、人間としても大きく成長できました。」
きつかったことは?
「生活者目線を忘れてしまいがちなことです。どうしたら生活者に面白い、買ってみようと思ってもらえるか日々考えているけど、クライアントを前にすると、商品を出すこと・露出を決めることが先行してしまい、生活者の立場に立てなくなることがあります。クライアント、メディア、生活者、みんなに利益が生まれるような仕掛けを作るには、まだまだ経験不足な部分があり、悔しいです。」
「もうひとつは、まだまだPRが下に見られてることです。おせっかい屋、ただのパシリ、あんた達は何者なんだ。こんなことを言われ続け、自分でもPRマンって結局何なの?と思う場面が沢山ありました。正直今もその疑問は完全には晴れていません。でも、実際にメディアを通じて商品が売れたりするのを見ると、クライアント・メディア・生活者をつなぐためにやっぱり必要な存在なんだと思います。PRがもっと日本に浸透し、必要とされる職種になればいいと思ってます。」
PRに限らず、いま、どんなこと感じている?
「私は元々、テレビが好きで、すごいテレビっ子だったんです。でも、この1年仕事でも、仕事以外でも、マスコミの不調というか停滞というか。一方で、ソーシャル・メディアがすごく話題になっていて、対照的ですよね。実際に、業務でテレビの取材現場に触れて、やっぱり、首をかしげるところも多々ありました。でも今回の震災を通して、改めてテレビの偉大さ、ソーシャルとの連携による相乗効果を実感しました。両メディアをうまく使いこなせれば、まだまだ生活者に伝わる可能性の幅は広がるなと感じました。」
ワタナベへ
正直な意見ありがとう。
まず「PRマンって結局何なの?」「PRは下に見られてる」という話について。
「僕もそういう時があった」「最初はそんなもんだ」とは僕は言わない。もちろん、どんな仕事にでも、下積みや下働きはある、その点では、1年生なんだから苦労もする。
ただ、ワタナベが感じたPRの問題は、たぶんそれとは違うと、僕は思っている。
この解体信書の最初の回、「PRの木」の話を憶えているか?
ワタナベ、いま毎日、リスト整備して、リリース書いて、テレビ局、新聞社に情報持ち込んでいるだろ。
「何よこの単純作業」「アポ取りの電話がつらいなあ」とか思ってないか。これからはクライアントにも叱られるし、メディアにもどやされたりもするぞ。でもな、そのうち、幹がしっかりしてきて、根っこが張れるようになるからね。5年目の先輩を見てみろ、幹の仕事にチャレンジしてるはずだよ、10年目先輩と話をしてごらん、幹から根っこの話をしてくれるはずだから。
ワタナベ、大事なことは、大きな木の中で、目の前の自分の仕事にしっかり取り組むことだよ。(「PRの木」の話)
もう一昨年になるだろうか米国のソーシャル・メディアの専門家が来日した時にセミナーで「広告の人はメディアを買う」「PRの人はメディアを拝む」と言って笑ってたが、実際、笑えない話だと僕は思った。メディアにお伺いを立てる。メディアを崇めるのが僕らの仕事ではない。少なくともインテグレートの仕事ではない。
PRは手法使うものであって、使われてはいけない。
ワタナベ、根っこと幹をしっかりつくれ!
一方でマスメディアの不調、ソーシャル・メディアが話題という話について。
ワタナベもわかっている通り、僕個人は紋切り型のマスメディア批判をするつもりはない。
一冊本を紹介するよ。最近読んだメディア論の中では、かなり刺激になった「街場のメディア論」(内田樹 光文社信書)という本。テレビを中心にいまの日本のメディアをぼろかすに書いている。但し、本質を鋭く突いていると僕は思った。その中で、いまのメディアの不調について、こんな行(くだり)がある...
「メディアが急速に力を失っている理由は、決して巷間伝えられているように、インターネットにとって代わられたからだけではないと僕は思います。そうではなくて、固有名と、血の通った身体を持った個人の『どうしても言いたいこと』ではなく、『誰でもいいそうなこと』だけを選択的に語っているうちに、そのようなものなら存在しなくたって誰も困らないという平明な事実に人々が気づいてしまった。そういうことではないかと思うのです。」
『誰でも言いそうなこと』と『自分しか言わないこと』、これは僕らの仕事にも通じる大事な話だと思う。僕はテレビは滅びないと思っている、ワタナベの言うとおり今回の地震のような状況下でNHK(他民放も)の果たした役割は、代替えがあるとは思えない。それほど重要な機能だと思っている。
これからのメディア間の連鎖や連携の可能性についてはまたゆっくり話そう。
2011年3月アーカイブ
ここ数日の間で感じた地震に関連した"曖昧な言葉"を紹介したいと思います。
まず、昨日の朝日新聞のトップ記事で紹介されていた話。
福島第一原発の事故の影響で、「屋内退避」とされた20㌔~30㌔圏内では、避難する人と残る人が混在し、結果的に"取り残された"人たちは食糧の調達などが難しくなっているという。
今回の原発に対する避難勧告は、20㌔以内、20㌔~30㌔、30㌔以上という3層に区分されている。
その中で、中間に位置する「屋内退避」は、結果的に「曖昧さ」を含んでしまったということでしょう。
http://www.asahi.com/national/update/0323/TKY201103230384.html
同じくここ数日、原発事故関連の報道の中で野菜や水道水への影響について繰り返されるのが、
「直ちに健康に影響が出ることはない」というフレーズ。
聞いている方からすれば、「いずれ影響が出る可能性があるかもしれないの?」と聞き返したくなりますね。
そういう意味では、曖昧さを残してリスクを低減させようという狙いなのかもしれません。
ある種の風評に近い影響が出ています。
最後に、物議を醸しているACの広告。
今回の震災を意識した新しいバーションが流れ始めていますね。
「一つになろう」「ニッポンは強い」など、サッカーのニッポン代表やSMAPが日本国民に訴えかます。
"仁科さん母子のがん検診の呼びかけ"や"あいさつすると友達がぽぽぽ~んと増える"話と違って、震災に関する直截的なメッセージが繰り返されます。
思ったのは"一つになる"って、節電と寄付以外に具体的に何をすればいいのだろうか?
避難をするべきなのか、しなくてもいいのか。
食べたらダメなのか、気にせず食べていいのか。
気持ちはわかるけど、具体的に、何をすればいいのか。
メッセージには「気持ち」と「行動」が含まれます。
「行動」について解釈の余地を残したメッセージ。
「気持ち」ばかりが先行して、「行動」が見えないメッセージ。
冷静に判断を下すことが難しい状況下だからこそ、曖昧な言葉は避けるべきではないかと痛感する今日この頃です。
今回の地震以降、いろんなことがあった。
11日金曜日は東京の街を黙々と歩き続け、計画停電や交通機関の情報に注意をはらいながら、
それでもPray for japan(http://prayforjapan.jp/tweet.html)に寄せられたメッセージに心がほっこりもした。
いま、各企業、団体はこの状況下の中で、被災地への支援と日本の復興に向かっての準備を粛々と進めるべく、まずは被害状況を冷静に見極めようとしている。
そんな中で、昨日、プロ野球機構が、セ・パ両リーグの開幕の日程を発表した。
東北楽天イーグルスが属するパリーグは開幕を4月12日に延期。一方で、セリーグは予定通り、3月25日の開幕を決行するというセ・パ分離開幕である。
この決定には賛否あるだろう。発表されたコミッショナーの声明文
(http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20110317-749659.html)には、この判断が苦渋の選択であり、いまこそ、復興に向けてプロ野球人は野球をやるのだと主張がある。
僕は野球小僧であり、プロ野球の大ファンだから、野球は見たいし、応援もしたい。
自粛こそが潔い判断などというつもりはない。野球ファンでこの声明文に書かれていることに反対する人は誰もいないだろう。(野球に興味のない人にとってはどちらでもいいことかもしれないけれど...)
問題は、この状況の中で、いつからプロ野球を開幕させるべきかという時期が問われているのだ。その期間は3月末から4月中旬の半月ほどの間のいつか?という問題である。
5月、6月まで自粛すべきなどという話はどこにもない。実際、大きな被害を受けた楽天球団を含むパ・リーグですら、4月12日からの開幕を決定している。
にもかかわらず、この文章には、セリーグの開幕を3月25日とする根拠ついて何ら説明がされていない。恐らく、電力供給や交通機関の状況も25日には今以上に回復が見込まれるであろう。
しかし、どんな理屈をつけたとしても、今日の決定に、多くのファンや現場で戦う選手や監督たちが、腑に落ちない感情を抱くことをコミッショナーや球団トップたちは理解できないのだろうか。
いまも死者、行方不明者の数が特定できない状況で、昨日、東京で大規模な停電に対する警告が発せられ、街中が肩をすくめて静かに過しているその時に「東京ドームでナイター開幕」を断行する感覚はあまりにも無神経である。
確かに、世の中の状況、雰囲気は刻々と変わる。1週間後には、平然と「ナイター?やればいいんじゃないの」という状況ができあがっているかもしれない。
しかし、だからこそ、いまは事を慎重に運ぶべきではないか。
何よりもこの難しい局面だからこそ、選手や監督、そして何よりもファンの声に耳を傾け、"知恵を絞る"プロセスを辿るべきだ。セパ12球団、選手も球団も一致団結しての開幕を望む。
コミッショナーや球団には、これから5年先、10年先の"プロ野球"を育てていく視座に立っていただきたい。
さて、その一方で15日から公演を再開したNODA MAP(現在、東京芸術劇場で「南へ」公演中)の野田秀樹さんの舞台挨拶の全文が公開されている。
(「劇場の灯を消してはいけない」http://www.nodamap.com/site/news/206)
演劇人として「一日でも早く劇場に灯を取り戻したい」という想いから4日間の休演を経ての再開の言葉には、こちらの心に響く。
「劇場」も「球場」も、人の気持ちを潤す感動、笑いと涙を届けたい、そのために灯を消してはいけないという覚悟は同じであろう。
しかしながら、その想いが観客席に届いているのかという点において、この2つの声明には大きな隔たりがある気がする。
これからも、エンタメ関連の自粛を巡る議論は繰り返されるだろう。そこに正解やガイドラインはない。やる方も観る方も、一人一人の判断だろうと僕は思う。
ただ、劇場、球場にファンを迎え入れる方々には、迷いのないまっすぐな心で観客席に立ち向かっていただきたい。
観測史上最悪の地震災害が日本を襲った。
現時点で数千人単位、万人を超える死者が出ると報道されている。東北地方を中心に被災地の皆様の悲しみと心労に対して、また関東でも火災や事故に巻き込まれた皆さんには、心からお見舞い申し上げたい。
11日14時46分の地震発生時、東京の千駄ヶ谷のオフィスにいた自分の目線から(自身のツイートとタイムラインに流れてきた情報を振り返りつつ)あの日感じたことを記しておこうと思った。
●11日午後15時頃自身のツイート。
「すごい揺れ!!」の第一声をあげている。かなりビビっている。その後、一旦揺れがおさまって、すぐに自宅に電話をするが、妻の携帯も自宅の電話も全くつながらない。
10分、15分後、「おかけになった地域の電話が混み合っております」というインフォメーションがはじめる。
仕事をこなしながら、10分間隔で妻の携帯メールと自宅の電話にアクセスを続ける。
「有美へ 電話もメールもつながらないみたい。ツイッターはつながるから、ツイッターで連絡取り合う?」
「有美へ 無事ですか。大丈夫だと思うけど、メールなりツイッターで連絡とろう」
「有美へ メールでツイッターでも返事ください。」
●50分後、16時、ようやく妻と電話がつながる。そのときのツイート...
「やっと自宅と電話がつながる。インフルエンザで学級閉鎖の次男がかなりビビっていたらしい」。この間、ツイッターだけが普段通りにつながることについて「電話がつながりにくい状況でも、ツイッターは普段通り」と。
まだこの地震の被害の大きさが解っていない、能天気なツイートを続けている。
●その後、オフィスで流れていたテレビ中継から事態が判明し始める。
仕事の傍らテレビの音声が耳に入る。「新しい映像が入ってきました!」
「宮城県の○×漁港の現在の様子です」「福島県の○×市内の現在の情報です」と刻々と東北地方を中心に、今回の地震の被害状況を伝える映像が流れる。オフィスに衝撃が走る。
東京はじめ、日本各地で、そして恐らく世界中で、日本で観測史上最大の地震が、最悪の状況を招きつつあることを実感しはじめていた。
●テレビ中継は地震と津波の被害の概況を伝え続けるが、特定の地域の詳細情報には限界がある。不安は募るばかりで、安否の確認につながる情報が掴めない。
「実家の両親は大丈夫か。」「息子や娘は大丈夫か。」
肉親の安否がわからず不安を募らせる人が多かっただろう。
●午後6時に会社を出発、約2時間歩いて自宅に到着。
地震発生から10時間が経過した深夜にブログを書き始める。
「10時間ほどが経過したが、今回の地震で感じたこと、考えさせられた事は多い。うちのスタッフもみんながこの災いと向き合い、きっと何かを感じたに違いない。自宅を目指して東京の夜を淡々と歩き続けながら、オフィスでテレビ中継を見ながら、都内の避難所で電車が動くのを待ちながら、それぞれが感じたことを
考えたことを記録しておこう。みんなと共有しておこうと思う。」
□"通信パニック"は避けられないものだ。
電話、携帯電話は災害時には、かなり脆弱であることがはっきりと露呈した。逆に、ツイッターはかなり、災害時の通信手段として有効である気がした。
□各局TV局の報道する力は威力を発揮した。
概況を刻々と伝えるのにこれ以上のメディアはないと痛感した。(アラビア半島で紛争や政変が起こったときのアルジャジーラを彷彿とさせる。)今日のような災害時に際しても、まだマスを批判する人の気がしれない。この報道なしに正確で全体概況を捉えた情報の提供が可能だと言うのだろうか。
□ラジオは強い。
被災地に情報を届けられるという意味で、災害に強いメディアとしてのラジオの力もまだまだ健在であった。
□一方でマスと通信を補完するソーシャルメディアの機能が顕在化した。
災害時の通信としてのツイッターはかなり有効。いろんなデマやチェーンメールが飛び交ったのも、いいケーススタディになる。非常時の使い方、ルールは日本発で世界に提案できる。
□マスメディア(TV)とソーシャルメディア(ツイッター)が連携した。
今回ほどのマスとソーシャルの補完を実感することはなかった。NHKのustreamに始まり、ニコニコ動画での同時放送など、マスとソーシャルの連携による中継は画期的だったと思う。またツイッターでの#jishin #nhk などの「情報拡散」の動きも鮮烈な印象を与えた。またテレビのニュースでツイッターの告知もあった。
□捨てたもんじゃないぜ!
○いろんな企業や団体は帰宅難民への、暖かい避難場所を提供。
○チャリティ、ボランティア活動は静かに力強く動き始めている。できることからはじめよう。自分はどこで役に立てるだろうか。
○世界から日本の「冷静で秩序ある行動」「忍耐力」が賞賛され、また多くの応援、支援が届き始める。
1995年(平成7年)1月17日に起こった阪神淡路大震災から16年目に襲ってきた大地震である。あまりにも強大で理不尽な自然の力の前に、僕らがなす術もないことは、16年目と何ら変わりはない。但し、それでも今回、マスメディアとソーシャルメディアが補完しながら、被災地の皆さんに情報を提供し被害を最小限に食い止めようとする報道の姿があった。さらに状況を見守りながら、何かできることはないかと手を尽くす企業、団体、個人の姿がリアルタイムでネット上に浮かびあがり、特に力を尽くす仲間を実感できた。16年前にもネット・コミュニケーションの萌芽はあった記憶がある。ただ、今日2011年3月11日は、従来の通信、マスメディアに、新しいソーシャルメディアを加えた「新しい情報インフラの縮図」を見た気がする。
禍を転じての復興を期することはもちろんだが、これを機に日本人が、一致団結して考え、難局に取り組む"きっかけ"になる可能性を感じたと言うと、ちょっと言い過ぎだろうか。





